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できないことだらけ、どうすればいい「ICT教育って何なのさ」1

ICT
わんこ先生
わんこ先生

なんで、私はこんなに字が汚いんだ、、あと導入の絵を描いたけど、誰が何をしているのかわからない(-ω-;)

スキルや能力不足を補う

そう、これがパソコンを授業の準備に利用したいと思った最初の理由でした。もちろん練習すれば、なんと何とかなったのかもしれません。実際、最初の最初はカードも板書も全部手書きでした。でも、どうしてもバランスが悪く、きれいで読みやすい字が書けなかったんです。でも新任教師に日々の授業は迫ってきます。そんな中で私がフラッシュカードを印刷すると言うのを考えたのは、仕方がないことだと思いません?

また、その学校には教科書の基本となる単語カード等ありましたが、それ以外の練習のための絵カードはあまりありませんでした。なので、他の教科書の絵の部分で使えそうなところは、最初は拡大コピー、その後はスキャンしてプリントするようになりました。それが最初のICTというかコンピューターなどの機器の使用でした。

その後はと言うと、会話のテープもきちっと止めたいところで止められなくて、すぐ慌ててしまう私はテープのCD化を思いつきました。(テープを止めたいところでピタッと止められる名人いましたよね。)楽器ができればかっこいいですが、できないですから、パソコンで曲を流して歌を歌ったこともあります。(でも、パッとギターを取り出して「さあ、歌おうか」ってのがやりたくて練習したことはあります(^^;;)

それから、板書に関しても、割と早めにプロジェクター+スライドに移行したのは字が下手だったのと字を書くのが遅かったからです。それから最初に働いたところはラーニングセンターだったので、テストなどはなく、自分自身がテストが嫌いな人間だったこともあり、採点が大嫌いだったんですね。その後、高校などで教えるようになった時、採点しながら、ヤキモキしたりイライラしたりすること甚だしかったので、テストの採点をコンピューター化したこともあります。(今はもう大丈夫ですが)

色々なことをゆっくり学ぶ時間と余裕は、

こう書いていくと、自分自身恥ずかしいぐらい、できないことだらけなんですね。でも、なんとかパソコンがあったおかげで、なんとかなっていたような気がします。もちろん、頑張って字や絵を練習すれば、それでもなんとかなった可能性は0ではないでしょう。それで、なんとかなる人はそうしてもいいと思うんです。でも私は精神的にも時間的にも余裕がなかったんです。

能力と時間、スケジュール的な問題で、何かの力を借りなければならない時というのはあると思うんです。だって自分の成長のために目の前の生徒がいるわけではないのですから。生徒のためのベストチョイスにICTの利用があれば、それを考慮しない理由はないと思います。そして、その裏で自分も学ぶべきことは学んでいくってことでいいと思うんです。

だからその当時の自分の状態を見て、限られた準備の時間の中で目標の近くまで行ける一番早い方法はコンピューターを利用することだったということなんでしょう。つまり一生懸命きれいな字を書く練習や、絵を書く練習をしたほうが目の前の授業でいい結果が出せるのか、パソコンを利用したほうがいい結果が出せるのかと言う選択肢の中で、私が選んだのはパソコンだったと言うことだと思います。

とはいえ、字はなんとか読めるほどにはなりましたし(多分)、絵もいろんなツールなどを使いながらではありますが、勘のいい人なら何を書いたか判別できるぐらいにはなったと思います。だからパソコンがあるから、学ぶ必要はないというわけではないとは思います。そしてその逆も然りですよね。

あ、最後にもう一つだけ、付け加えておくことがあります。一昔前は計算機と呼ばれたコンピューターですが、その計算のスキルしかサポートできなかった時期からは考えられないほどサポートできることが増えてきています。そのことも忘れてはいけないと思います。例えば私はナレーションが上手くないんですが、そのうち私よりいいナレーションをコンピューターで作れるようになるのは間違い無いでしょうね。もうすでにアナウンス用の音声なら作ることができますしね。

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