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先生にも学ぶことのススメ2 -新しいことに挑戦する-

学び

前回は自分の持っている専門知識が活かせることの学びについて振り返りました。今回は完全に私の専門外、新しく始めたことの学びについて振り返ります。

夏休みに取り組んだ新しいプロジェクト

私、犬のアバターなどを使ってYouTubeビデオ制作しているのですが、そのアバターが使えるようになるまで色んなことを勉強させてもらいました。その際、それらに付随する情報なども目にしたのですが、その中に非常に驚かされることがいくつかありました。特に3DCG制作を取り巻く環境は大きな変化を遂げていて、私がイメージしていたものと全然違っていました。私の頭の中にあった3DCGの製作に対するイメージというのは、扱うには相当の専門技術が必要で、スーパーパソコンがなければ製作することができないというものでした。きっとこの文章を読んでいるみなさんも同じじゃないですか?

でも、今現在3DCG制作であれば、プロの使用にも耐えるような様々な素晴らしいソフトを無償で手に入れることができ、学校に通わなくても参考にできる情報がウェブサイトやYoutubeで簡単に調べることができます。つまり個人でも、それほどお金をかけなくても、それほど専門知識がなくても、ひと昔前のCGアニメぐらいのクオリティぐらいなら、(時間はかかるでしょうが、、)作ることができるかもしれないってことです。みなさんどうですか?ワクワクしません?

私はワクワクしました。というわけで、私が夏休みに取り組んだ新しいプロジェクトというのはこれです。

夏休みのプロジェクト

いかがですか。これは四日ぐらいかけて、学びながら作ってみた3DCGです。目標は

  1. 単純な造形の3DCGのキャラクターを作る
  2. それをオンラインミーティングでアバターとして使用できるようにする
  3. ゲームソフトに組み込んで動かしてみる
  4. 3Dプリンターで印刷する

以上の四つです。最後のは学校に戻ってからしますが、だいたい目標は達成できました。次の目標はできることとクオリティをあげて、もう一つ作ることです。

さて、この学びの過程は、たくさんの気づきをもたらしてくれました。特に前回シェアした語学学習についての振り返りは、始める前の時点である程度は予想できたことでした。
でも、今回完全に素人として学び始めたこのプロジェクト、なぜうまくいかないのか全くわからないミスや、こうしておけが良かったなどどいう後悔、成功した時の達成感など、本当に新鮮で刺激的でした。そして最初は想像もしていなかった気づきをたくさん得られたことが非常に大きく、それが嬉しくて今文章を書いています。

一番伝えたいこと

ここで私が皆さんに一番伝えたい事は、何か新しいことを学ぶ大切さです。これは、皆さんが教師と言う学びの場をデザインするお仕事に非常に役に立つことだということは、間違いありません。そして、皆さんが予想もしなかったところから、気づきやひらめきは降ってきます。「語学教師たるもの語学の学習をするべきだ」という人もいます。確かにそうだと思います。でも、語学学習が自分の専門領域であるがゆえに、自分の経験や感覚に縛られてしまうかもしれないんですよね。それ以外のことなら、もっと大きい「学び」という枠の中で、それらのものに縛られず新しく新鮮な発見ができるかもしれませんよ。(もちろんこのような経験が私たちを悩ませるのですが(^^;;)
この下に私が作業している間に感じた気づきを、順番に書いていきます。これは、ある人にとっては当たり前ですし、大したことないものかもしれません。ただ私にとっては、これは知識としてではなく、実感のこもった体験からの気づきで、非常に大切な経験だと思います。

以下に私の気づきのいくつかを書いておきましたので、興味がある方はご覧ください。

プロジェクトの際の気づき

何かをした時の反応が欲しい

このソフト、何かをクリックしたりしたときに、はっきりとした反応や変化が見せない、また見えにくい部分がいくつかありました。例えば、ある1つのボタンでマウスによる操作の仕方が変わってしまうとか、そういうことです。それが例えばカシャみたいな音が一つあれば操作してる私は気づくかもしれないんですが、ある操作をする時、反応したのかどうかよくわからず2回ボタンをクリックしてしまった、または関係ないボタンを押してしまって後になって問題が出たってところがいくつかあったんですね。だから操作に対して、明確な何かをしたということを見せる、また見えるようにするというのは大切かなと思いました。
(ここからは自分の授業に関連させて考えている)コミニケーションに関しては、はっきり見えないところもあるので、はっきり見せる必要がある時とないと思うのですか、どんな反応したら相手はあなたの話がわかっていないかもしれない、もしかしたら自分が話し間違えたかもしれないと気づくための練習って案外必要だったりするのかもしれません。そして相手の顔を見て話すことの大切さというのも改めて授業の中で入れていく必要があるのかもしれないと感じました。

どんなことをノートにとる?

YouTubeを見ながらソフトを操作していたんですが、実は最初ノートほとんど取らずに進んできました。ビデオというの非常にわかりやすく便利なものですが、時間軸に流れていますし、どの情報がどこにあるかということは、やっぱりわかりにくいですよね。例えばショートカットキーがどれだとか、どの操作するときにはどんなことを気をつけたほうがいいとか、そういうことです。
(ここからは自分の授業に関連させて考えている)会話の授業などでノートをとらないとかスライドの写真を撮って記録しておくだけと言う学生が増えてきてると思いますが、一体何をどのように整理して記録しておくのか、一時期テーマとして注意していた時期もあったんです。でも最近また注意しなくなっていました。どうやってノート取るのか、何のためにノートを取るのか、そのノートをどうやって将来のプロジェクトまたはテスト発表等に生かすのか、そこら辺をもう少し噛み砕いて説明したのほうがいいのかな、もしくはそれを意識できるような形で指示していった方が良いのかもなと思いました。

どこで間違えたかわからない

私も3Dのこのモデルを作っている時、何回か行き詰まってます。その行き詰まりはディスコードに日記を書いています。それで一番不安になるのは、どこで間違えたか分からないと言う所、どこまで戻って考えなければいけないのかと言う所です。どこかでやばい事したかっていうのは記録をとっていれば問題ないんでしょうけど、記録を持っていなければすぐ忘れちゃうんですよね。
(ここからは自分の授業に関連させて考えている)どこが良くなかったのか明確に論理的に逐一説明するかどうか、きちんと感上げたほうがいいなと思いました。

ちゃんとわかってなくても意外に進んでいける

とりあえず、ここをこうしてください、ああしてくださいって言う指示に合わせてソフトを操作していくのが大体半分で、なぜここにスイッチを入れなければいけないのかとかって、よくわかってない部分が結構ありました。でも、とりあえず何とかできちゃうんですよね。だからよく使うとか、よく応用させるところに関してはある程度の理解が必要だし、その原理と言うのも理解していく必要があります。でもそれ以外のところは、とりあえず言われた通りにやっていても結構大丈夫だったりします。

(ここからは自分の授業に関連させて考えている)これってやっぱり言語教育と同じだなって思ったのは、文型や文法など、、、以下省略

つまづきが前に進む原動力になることもある

(ここからは自分の授業に関連させて考えている)教師をやってる時、できるだけ生徒がつまずかないように、スムーズに上達していくように手取り足取りなんていうのを、以前考えていました。最近はそれほどでもないのですが、今回自分で何箇所かつまずいて、わからない失敗続きでうまくいかないことがありました。そのストレスって、ある程度超えてしまうと多分やる気が出なくなったり、嫌になってしまうと思うんですけど、理解の範疇だったりある程度超えられるということがわかっている場合に関しては、それはネガティブなものではなくてポジティブなものになると言うことに久しぶりに気が付きました。

これは気をつけなければいけないんですが、これはあくまでも私の場合であり全ての人間に当てはまると言うわけではありません。また、そのさじ加減というのも人によって、ずいぶん変わると思います。ただ、こういう視点がある、こういう角度からの考え方があるという見地を得るのは非常に大切なことだと思います。

面白いし世界が広がるから学びたい

今回の出発点は3Dでキャラクター、いわゆる「ゆるキャラ」を作ると言うのが出発点でした。でも、それができたら色んなことにつながっていけるところというのも、すごく実感しました。例えばもちろん3Dプリンターで造形物を作る、アバターとして利用もできます。またビデオ制作でも使えるでしょう。それからゲームの中に入れて、自分のキャラクターを主人公として何かゲームを作ることをもできます。アバターでステッカーを作ってLINEのスタンプなんていうのもできるかもしれません。ほんと世界が広がりますよね。そして世界が広がるからこそワクワクすると思います。
(ここからは自分の授業に関連させて考えている)だから日本語できて何ができるのかもっと見せてあげたいなぁと改めて思いました。もっとワクワクできるようなことを。

最後に

一つの「わかる」という状態、でもその一つ一つの「わかる」は、その深さが違うと思うのです。新しい新鮮な気づきというのは、その「わかる」をもっと深くしてくれると思うのです。そして今回の取り組みでは私は新鮮な気づきを得られました。

みなさんはどう思われますか?

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