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ロールプレイでの評価と聞いてふと思ったこと

日本語教育

ロールプレイは好きな練習の一つで、授業でもちょくちょくしています。教師を始めた当初は学生同士でさせることが多かったし、それで評価もしていました。では、今どうだろうと考えてみると、簡単な練習として学生どうしてロールプレイはさせてはいますが、それで評価をすることはほとんどしなくなりました。

以前ロールプレイをさせて会話力などを評価しようとしていましたが、それは学生が多いし、客観的にみて評価したいなどの理由がありました。(あと緊張しすぎるから先生とはしたくないという学生からの要望もありました(^^;;)で、実際に学生同士でするロールプレイで試験をさせてみるとどうなるかというと、原稿を書いて、それを覚えてきて、それを発表するという形式がほとんどでした。つまり原稿を書いて覚えるだけ、相手の話は聞く必要がないし、自分が作った状況内でその場で考える必要がありません。これが会話の試験なのかと考えると、その要素は少ないと思い始めたわけです。じゃ、なんとかその場での反応も測れるようにしたいと思い、二人の会話に茶々(「ん?何話しているの?」とか「私も行きたいなぁ」などの)を入れたり、状況カードやハプニングカードなどを引かせる形にしたりして、事前には準備しにくい部分も含む試験をするようになりました。

もちろん、それはそれで良かったと思うのですが、一つだけどうしても気になることがありました。それは一人のパフォーマンスがもう一人のパフォーマンスに影響する事です。これは学生同士でする事なので仕方がない事なのでしょうが、いくら片方の学生が能力があったとしても、もう一人のパフォーマンスいかんでは十分にその能力が発揮できません。教師の方がその学生の能力を発揮できるやりとりが行うことができると思うし、会話の能力を測る試験としては、できることなら教師が測ってあげた方がいいのかなと思うようになりました。

当時は30人ほどの学生のクラスを担当していたのですが、はじめてした時は、時間がかかり過ぎてしまい何にかもったいない感じがしたので(貧乏性ですね(^^;;)、学生たちの時間を無駄にしてしまわないようにと同時進行で作文や手紙などを書かせるなどしました。(その時間を利用して振り返りをさせればよかったなと今思いつきました。(^^;;)
別にロールプレイで評価すること自体は、悪くないと思います。ただ、試験でどんなことが評価できているのかは、もう一度考えてみた方がいいと思うのですが、如何でしょうか。

(例えばロールプレイというより劇をさせて評価したことがあるのですが、その時は原稿を書いた段階で評価にはいりました。原稿は正しさと表現の豊富さなどで、そのあとの発表では発音や滑らかさ、演劇の自然さなどで評価しました。)

ふと突然、ずいぶん前に色々考えていたことを思い出したので、つらつらと書いてみました。皆さんもいろんな意見があると思いますので、ぜひ教えてください。

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