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反省(懺悔):昨日の「教えないVS教えない」を見て

日本語教育

昨日の二人の先生の対談「教えないVS教えない」とその後の他の先生のグループチャットを見て、「だよなぁ」という気持ちにさいなまれている。
去年いくつかのクラスは”教えない”というか”教えられない”状況にあって、結果自律学習という”教えない”時間を多くとった授業になった。それで存外思っていたよりうまく学生たちの学びが進んだように感じられた、というか実際そうだったと思う。

では、どうしてそれを続けなかったのか。
自律学習の過程で学生たちは授業のありがたさを再確認していた。そして非常に積極的な授業への参加や、よりクリエイティブなアクションなどに現れ、私はこれが続くと誤解してしまったこと。そして私の授業が増えてきたことと、楽に楽しく教えられる教材である「まるごと」の存在も大きかったかもしれない。
また上司にはクラス内でのレベルがバラバラなので自律学習を多く利用した授業をするといった手前(でないと教師がずっと自習させていて何もしていないと抗議を受ける可能性があるから)、完全ではないが同じ学年でレベルが二つに別れたことで自律学習をさせていた上司に対する理由がなくなったのもある。

ここ何年か自分自身がかなり混乱しているという自覚はあった。PBL、Concept-based learning、TBLT、CEFR、Can-do、自律学習、ポートフォリオ、課題解決型などなど、様々な概念やメソッドに触れる機会があって、まだどれに対しても理解している部分は少しで入り口にしか入っていないけど、どれも大切なものだというのはわかる。でも本当に頭の中ではめちゃくちゃになっていて、そのめちゃくちゃから逃れるために一遍教科書の授業に戻ってみよう、そこからもう一度考えてみようと思ったのが間違えだったのだろう。その決断が教科書、教室という呪縛の中に学生を閉じ込めることになってしまったということを私は今後忘れてはいけないと思う。

自律的な学習にせざるを得ない状況で思っていたよりうまくいったということという理解、そして教える環境がより単純化したことで、それまでしていた自律的な学習と一斉授業とを学生に選ばせて、結局彼らは一斉授業を選び、そこに戻ってしまった。これは私の間違いだったと思う。十分な説明をせずに選ばせてしまった感があるから。

実は前期はそれほどこの問題を感じていなかった。昨年度の学び方というのが学生に残っていたから。しかし今学期に入ると学生は明らかに受け身になっていった。以前は自律的な学習により、より目的意識をはっきりとさせ、積極的に学んでいこうという姿勢になったというのに。気持ちのスイッチというものは本当に恐ろしいものだ。自律的に学んでいる際の教師をツールとして利用していた時の学ぶ姿勢と、その後自律的な授業から一斉授業になった後の数ヶ月、そして現在とでは学生に学びに対する態度が明らかに異なる。

まず目についたのは一斉授業についていけていない学生。当たり前だが、自分で動いているのと、座って目を開けていて話を聞かされているのとでは明らかに違う。目をつぶっていても授業は進んでいってしまう。わからないときはいつでもいいから手を挙げて質問しようとしていたのが、いつのまにか消えていた。前期はいろんなところで色々な発言があって、そこから発展していくこともできた。もしかしたらそれができていたのも、去年は自律的な学習の時間が多く、勉強している時いつでも先生に質問できる環境だったことが関係しているのかもしれない。できる方の学生は教科書に要求されること以上のことを目指すという態度が明らかに減った。教科書、というか一斉授業が学生の進歩に蓋をする状態になってしまっていたのだろう。

「教えないVS教えない」の中で参加者同士の討論になったことの一つに、誰かに引き上げてもらうことで学んではいけないのかという意見があった。もちろんそれは問題ない。でも引き上げてもらおうと考えているうちはいいが、ただ座っている状態になる可能性もある学生がいるということを忘れてはいけないと思う。それを教師が

「ダメダメ、もっと高いところまで行かなきゃ、私はあなたのために言っているのよ」というのはそれは教師のエゴだろう。(その高いところというのが教師と学生とでは違う可能性もあるわけだし)

”一斉授業はない”というつもりはないが、私と私が今ある状況では一斉授業のみにて進めてはいけない、それを思い知らされた夜だった。

追記
学生はこうやって伸びているという話を聞いたけど、それは学生だけなのではなく大人である自分だってそうなんだと信じたいです。というわけで今日はこういう絵です。

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