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興味と学び方の多様化

日本語教育

22年前に台湾に来ました。その時の台湾の一般的な娯楽と言えばテレビとカラオケ、旅行ぐらいだったと思います。日本語を学ぶ目標としても、ドラマの内容を知りたい、カラオケが歌えるようになりたい、日本語が話せるようになって日系企業で働きたい、日本の大学で勉強したい、これらが日本語を勉強する目的のほとんどだったように思いますし、今現在よりもはるかにシンプルだったように思われます。また、学習するとことは学校や塾、それ以外の知識を得る場所はテレビやラジオ、または図書館でした。

では、現在はどうでしょうか。娯楽や趣味に関しては、全てをあげることができないほど多種多様になりました。また日本語を学ぶ理由と言うのも、それら娯楽や興味の種類が増えるのに合わせ同様に多種多様になってきてると思います。それから、一般の人が簡単に触れられる知識と言うのはどうでしょうか。それは22年前と今現在、比べることができないほど差があると思います。もちろん理由はインターネットです。インターネットの発達によって、またはIT技術の進歩によってこの22年間で台湾の人たちは(台湾の人たちだけではないけれど)触れようと思えば触れることができる知識というのが一気に広がったと思います。

これらのことが学習者に大きな二つの変化をもたらしたと思います。1つは日本語を学ぶことに対するモチベーションが多岐に渡るようになってきたということ、それから学び方が人それぞれになってきたということ、この二つです。得られる知識や情報が限られているときは、選択の余地がありませんから選ぶことができません。しかし、現在のように得られる知識や情報が膨大でその中から選ぶことができる現在、学び方やモチベーションが人それぞれになっていくと言うのは仕方がないことだと思っています。

以上に書いたことは台湾だけではなく世界的に言えることでしょうし、別に当たり前のことを言っているにすぎなく、読んでいる皆さんが特に目新しさを感じることのないことだと思います。そこで、質問です。私たちはその状況に合わせたクラス経営をしているでしょうか。またはできる状況でしょうか。学ぶモチベーションが人それぞれで、学び方も学生によってい違う状況で、その状況に合わせた授業ができているのでしょうか。または、経営者はそれができるように整備しているのでしょうか。

もちろん、それを無視して教育を行うことも可能でしょう。でもそれはその学びの場にフィットしない学生が落ちこぼれていく、またはモチベーションを失っていくと言うことを生むのではないでしょうか。これは一人で解決できる問題ではないと思いますし、教師だけでなく経営者や管理職の関与も必要だとは思います。そして、一人の教師が無理をしてなんとかすべき問題ではないと思います。

それでも、生徒の一人一人が各クラスで自分の良さと楽しさを発見できるようになったらうれしいですし、そうなることを切に望みます。

皆さんどう思いますか。

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