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学生の意識が「ひっかかる」授業

日本語教育

前回お話しした「ひっかかり」についてです。

学生からの気づきや疑問を拾い上げる

iPadを利用し始めてよかったなと思った一つに、インターネットとiPadですぐ対応できることがあると以前のポストでも書きました。ここで、あれ?とお思いになった方もいるかもしれません。そうです。私はここ数年学生が何かに気付いたり興味を持ったりしたときに授業を止めて、そちらの話をすることも以前より多くなりました。今までも私の意図に反して話が違う方向に行ってしまうことがなかったわけではありません。でも以前は仕方がないと感じていたのに対して、今はむしろ歓迎する傾向にあります。(もちろん限度もありますが(^^;;)

以前はどうなりたかったのか

最初は教案やスライドを準備して、その通りに授業をスムーズに進め、そして学生の皆さんが効率よく学んでいける授業を追求していました。授業の中の盛り上がる点や落ち着く点を作り、単調にならないように気をつけながら、一つのコマを自分の思い描く通りに進めることを、まるで指揮者のようにできるのが理想と考えていました。
もちろんこう書いているものの、ほとんど上手く行ったことはないです。学生たちの顔を一人一人思い浮かべながら、細かく準備するのは本当に大変で、完全に準備できたと思えたのは数えられるぐらいなのではと思います。

受け取るのと取りに行くのと

そのような授業には偶然とか予想外という因数は無用です。学生が疑問を持ちそうなことは先回りしてチェッククエスチョンとして準備しておく、授業をできるだけスムーズに予定通りに流れるように細心の注意を払う、、、
もちろん、そういうことをきちんとできる先生は素晴らしいと思います。私なんか全然ダメでしたから。
でもある日あることに気がついたんです。これって先生がひたすら前に出て学生にひたすら何かを渡し続けていて、学生が何も取りに来ていないのではないかと。うまくいったと自分で感じた授業って、もしかしたら学生が手を伸ばして何かを取りに行こうという気持ちを阻害していた授業なのかもと。

学生と教師が作り上げていく授業

今は気づいたことや話したいことを積極的に発言するように頼んでいます。*1花火の写真を見て、「夏休みにどこどこで見た花火がきれいだった」とある学生がいうと、他の学生が「私も見たい」と言い始めて、YouTubeでその花火をみるなんてことをしてみたり,、または食べ物の話をしていて日本料理としてカレーが挙げられているのに疑問を感じる学生が発言して、そこから話し合いになるように誘導したりなんてこともしました。もちろん日本語の授業ですから、そこから出てきた言葉や文型などもきちんと関連付けて紹介するようにしていますが。

学生にとって、ひっかかるところがある授業

授業内容にトピックがあることに加え、写真やビデオやなどの視覚情報なども多く含む授業、それから何よりも大切な学生と教師の同意と約束事があれば学生が何かにひっかかる、疑問を感じたり気づきがあったりすることが増えると思うのです。それは文法や単語などの知識かもしれません。または振り返りを促すことかもしれませんし、概念理解につながることかもしれません。様々なことに学生たちはひっかかり、そこで彼らの内面に結びつけて何かをつかんでいくと思うのです。

もちろん日本語の授業という原則は忘れてはいけないと思います。また学生の年齢や状況、ニーズによっても差はあると思います。でも、ひたすら「ふーん」「おー」「なるほど」が続く授業よりも「おー」「なるほど」だけではなく「え?」や「違うよ」が間に挟まった授業の方がもっとたくさん学べると私は考えています。

学生時代受けた授業の内容はあまり覚えていないけど、授業中先生が脱線してみんなと盛り上がった話なんてのは意外と覚えているものでしょう?

皆さんどうお考えですか。

*1 できれば日本語がいいのですが、そこまではなかなかいかない場合も多いです。

日本語教育
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