翻訳 translation

読むということ

学び

今回はいつもと趣向を変えて、ぱっと見関係がなさそうな三つのツイートしようと思った文章をお見せします。その後なんで私が自分はアホだと思ったか当ててみてください。

ツイート1

最近FBのグループでいろいろな情報を日本語と中国語で書いているんですが、自分で中国語の文を書いていて、やはり気になるのは自分の表現力のなさなんですよね。特に大学院で勉強している時よりも落ちている感があるのは、おそらく中国語の本の読書量が減っていることに起因しているだなと改めて感じます。やっぱり本もっと読まなくちゃ。

ツイート2

ウラル連邦大学の日本語学習者がGoogle Mapを利用してガイドマップを作成したのですが、本当に素晴らしかったんです。それを見て昔やろうと思って書き始めたところで止まっていたキャンパスマップ作成の教案を探し出し、学生に提案してみようと思ったのですが、一つ懸念がありました。以前同じような課題をだした時、ほどんどの学生の作品がグーグル翻訳を使いすぎて読める内容ではなくなってしまっていたんです。さて、どうしたものかな。

ツイート3

ツイッターでフォローしている方が日本語の多読用の教材として「わたしのまち ロッテムダムの」というブックレットをPDFで配布していたので、読ませてもらったんですが、初級の教材なのですが、私が読んでも面白い内容でした。もちろん初級の学生でも読める内容で、写真と文章のバランスがとてもよく、学生が一気に読みきれる量だというところからも本当によく考えて作ってあるなと感じました。学生に読ませたら喜んで読むんじゃないかな。

答えは目の前に並んでいた

この三つをツイートしようとした時、あ、俺ってなんてアホなんだと声を出してしまいました。もう皆さん、おわかりですね。そうです。私は学生に十分な量の文章を読ませていなかったんです。自分でも薄々気づいてはいたんですよ、読まなきゃ書けないって。でもまだ初級だからとか、学生に文章を読ませたらほぼ同じような文章を書いてしまうのではなどと心配し、何かを書かせる前にはあまり読ませなくなってしまったんです。
それじゃ学生はどう書いたらいいかわからないわけで、先に自分の母国語で考えて翻訳しようとします。でもほとんどの初級の学生はうまく翻訳できないでしょうから、結局彼らはGoogle翻訳に頼ってしまうというわけです。以前Google翻訳を使用して課題を出した学生が続出した時、その後のふりかえりでこれからはGoogle翻訳を使わないようにしようとみんなで話し合ったのですが、危なく元の木阿弥になるところでした。

早速作ると、、

早速ロッテムダムの紹介のブックレットとそれにMATCHAという日本の観光についての記事がやさしい日本語で読めるサイトからいくつか使えそうな記事をプリントアウトしてスクールマップを作っている学生たちに参考にしたい人!!って聞いたら、あっという間になくなってしまい、それを読みあさっていました。それを見て私はアホだたっと再度思ったのはいうまでもありません。

読むという練習の意味は理解するということだけではなくて、書くため、情報を探すため、楽しむためなどのいろいろな意味があるのだと肝に命じました。(他にあったら教えてください)

Femke Mullerさん、大切なことに気がつかせてくれて本当にありがとうございます。

足しがき

皆さん、どうでしたでしょうか、私のお恥ずかしい話。そんなこと、知っていたよと思われる方が多いと思います。本当に私って勉強不足だなと思います。
ただこのことは三つのことを示唆していると思います。一つは自分が学習者であれば、何かしら教え方のヒントを得ることができるということ、二つ目は長くやっていてもダメな方法をとりつづけている可能性があること、情報の網を張っておけば大切なヒントになることがたくさんあるということです。
皆さんはどうお考えですか。ぜひご意見を聞かせてください。

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