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日本語の教科書「まるごと」を使ってみて 2

振り返り

さて、以前ツイッターで「学生に文型がはいった、単語がはいっていない」という表現が取り上げられたことがあります。この言い方は学生をまるで物のように扱っているということで、よくないという意見が多かったと記憶しています。それより前に私も近い表現をしていたこともあったので、確かに良くないかもと思い反省しました。ただ今から思い返すと、そう言っている当時はどう教えたら教科書に書かれていることが学生の頭の中に入るのか、使えるようになるのか、ということを必死に考えていたことは間違いないのです。*1

前回はまるごとを使って授業をすると学生が受け身にならないということはお話ししましたが、今回はもう少し詳しく話したいと思います。

以前の単語の教え方

まず授業が始まれば今日勉強する課の単語の導入、練習をします。その日のクラスに必要な単語を絵カードなどで導入したのち繰り返し読ませて練習、それからそれらの新出単語の文章の中に入れて読ませ、場合によっては例文を書かせたりするという練習をしていました。それらの単語はその後に練習する文型に必ず必要になるもので、まさにどうすればその場で学生の頭に入るかということに力を注いでいました。*2
そうやって練習した単語ですが、確かに授業中は覚えています。でもその後はなかなか定着までは時間がかかるという印象でした。

では、まるごとを使うとどうなるか

ではまるごとの場合はどうなのでしょうか。きれいで学生の興味をひくデザインは伊達じゃありません。単語の発音を聞きながら学生らはよく「なんだあれは?」とこそこそ話しています。本当に興味を持って知りたいという気持ちを学生から感じます。
そこから例えばトピックが季節の課なら、スイカ割りしたいですか?日本で花火を見ましたか?などといったように既習の文型と組み合わせて質問しやすいようになっているようです。*3 以上のように発話させる前にたくさんインプットしてから音声と一緒に読み上げてもらいます。

以前と今と何が違うかというと一目瞭然です。以前は教師である私が必死に学生の頭に知識を詰め込もうとしていたのに対して、今が学生から新しい知識を取りに来ています。また以前はほとんどなかったことですが、学生から積極的に質問が出てくるようになりました。この違いから生まれる意義の大きさはきっと皆さんにもわかってもらえると思います。*4

まだわからないことばかりですが、、

さて、今回は新出単語の導入を例にあげて”まるごと”がどのように授業を変えたかという話をしました。この単語の部分だけではなく、この”まるごと”という教科書は学生が自ら学び取りに行くように仕組んであります。時には美しいデザインで興味を引くように、時には違和感を感じさせる引っ掛かりを作ることによって学生の疑問を喚起するなど、さまざまな工夫がされています。これはなかなか教科書分析ではわかりにくい部分かもしれません。

正直私もまだ試行錯誤の段階です。まだ授業は満足のいくものではないですし、まだまだ改善の余地は山ほどありますが、学生から知識や技能をとりにいくという授業が持つ可能性に対して非常に期待をしていますし、もっと素晴らしい授業ができると確信しています。

少しでも興味がある方はぜひ使って見てください。きっと学生らの反応を見て初めてわかることがあると思いますよ。

*1 学生を物のように考えたことなど、もちろんありませんでしたが。

*2 実のところ今でも状況さえ整えば、それでもいいのかもと思う時があります。たとえば習った単語などすぐ繰り返し復習できる環境、例えば非常に授業が多いとか日本にいるなどのような環境であれば、なしではないのかなと思います。ただ私のおかれている状況はそうではありません。

*3 実際にスイカ割りや花火などのビデオを見せたりします。

*4 感覚的な話で申し訳ないのですが新出単語の部分で盛り上がった単語は大体テストの際も正解率が高いようです。

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