翻訳 translation

「職人タイプの日本語教師」という発言をみて

日本語教育


半世紀前になりますか、当時日本語教育会でも名が知られていた(と思う)ある先生の話を聞くチャンスがあっていろんなお話を伺っていた時、日本語教師には二種類の人間がいて一種類は研究者、もう一種類は山師だなんて話を聞いた覚えがあります。

その当時と比べ日本語教師には本当に色々なタイプの方がいらっしゃるように思われます。研究者、山師、メンター、ファシリテーター、トレーナー、職人などなど。先日他の方のブログで日本語教師は職人なのかアルバイターなのかという発言を目にして、自分も昔「俺は日本語教育の職人だい」って思っていたのを思い出しました。

ということで今日は職人を目指そうとした私の失敗、それから今はどんな日本語教師を目指しているのかについて書きたいと思います。

日本語教育の職人を自認していた私

あなたは山師でしょ?なんてみなさん思われるかもしれませんが、最初私は日本語教育の職人を目指していました*1。手作りの道具と腕で素晴らしい作品を作ってやろうと。日本語教師で言う所の手作りの道具は教材やマテリアル、腕は教授法、作品は学生やクラスと言ったところでしょうか。

コスト度外視で、やたらと凝った教材を作り(まあ、わるい癖はまだ少し残っているんですが(^^;;)他の人が作った教材なんて信じられない、やっぱり自分が作ったものが一番だなんて今から思うととんでもないことを考えていたものです。教授法に関しても、本なんて何も教えてはくれない、全て日々の授業や学生が教えてくれるという、ずいぶん視界が狭いものでした。

結局私は職人といっても、こだわりがあると言ったら聞こえはいいでしょうが、頑固で外のものを見ない井の中の蛙だったわけです。そのような気概を全て否定するわけではありませんし、中にはそのやり方でうまくいっている人もいるかもしれません。ただ私場合、もしそれを続けていたらどこかで限界にぶつかったと思います。

職人の次は?

では何を目指したのかというとトレーナーです。私は職人を目指し素晴らしい作品(クラスや学生)を作ろうと思っていたわけですが、それは私のわがままだと気がついたんです。台湾には色々な学生がいます。日本留学を目指して毎日必死に学んでいる学生から、仕事をしながら週一回日本語のクラスに来ている学生まで様々な人が学んでいます。そんな中でやはり私の教え方は決めつけが多く日本語上達を一義に、ニーズについてあまり深く考えていなかったと思います。また教え方にもこだわりがあり、それを学生に押し付ける傾向が強かったではと今更ながらですが反省しています。

繰り返し言いますが台湾の日本語学習者は様々なニーズがあり学生の心の中には様々なゴール設定があります。そんな学生に囲まれて、彼らのニーズを考え日本語学習のためにいいもの、いい環境、いい練習を模索するまたは提案する日本語トレーナーという役割を徐々に意識するようになってきました。これは私が学習者たちと一緒に走っていく学んでいくという教え方を目指していこうと思ったきっかけでもありました。

私がやっていた職人タイプがダメだった、もしくは職人タイプに対する誤解があったということなのかもしれません。ただ、台湾での日本語教師は以前に比べ様々なことを要求されるようになってきているという気はしますし、職人タイプで一つのことしかできない教師でいるというリスクは負いたくないですね。

今目指しているものは?

今働いているところが中学高校ということもあり、ファシリテーター的な役割やeducator*2的な役割を要求されます。単にスキルに着目するだけでなく、人間的な成長や勉強の仕方などの指導にも注意を払うように言われています。正直これが私にとって一番難しい課題だと思いますし、私自身もっと成長しなければと思うことがしばしばです。まだ未熟ですが、学生たちの後ろから声をかけながら走っていくという役割を学んでいる最中です。子供達が各々のスピードで安心して走っていける、子供が転んでも後ろから立ち上がれるように促せる、それも楽しみながらという学習環境を作れる教師になりたいと思っています。

今まで自分が間違えていたことがたくさんありますし、まだ間違えていることもあるでしょう。でも今までやってきたことは無駄ではないと思っています。ただ自分を恐れず見つめ、直すべきことは直していかなければと、未熟者はそうあるべきだと思っています。

この文章を読んでくださった皆さん、日本語教育の職人というのは本当はこういうものだとか、日本語教師にファシリテーター的な素養は必要なのか等等ご意見がありましたら、ぜひお寄せください。

*1実はその前にはホストのようなサービス業だと思ってやらなければ、なんて考えていた時期もあります。私やクラスに対する満足度を上げてもらうため、授業以外におしゃべりする時間などをもうけたり、翻訳などの仕事を手伝ったりもしていました。それは授業がお金をもらっていいレベルではなかったというのが原因だったのですが、、

*2教育者というと自分の身の丈に合っていないというか恐れ多くて目指していると言えません。(^^;;カタカナで書くとなんか胡散臭く感じるしじゃあ英語でって感じで書きました。

コメント