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日本語教師は外国語を勉強するべきなのか

外国語教育

今回のテーマですが、日本語教師は外国を学ぶ必要があるのか、もしくは一つは習得している必要があるのかという話を見て思い出した話です。これも例に漏れず色々な意見があると思いますが、私は「勉強している、もしくは習得しているに越したことはないが、必要というわけではない」というこれまた、灰色な意見です。

今回は日本語教師は外国語を勉強しているほうがいいと思う理由について、つづってみたいと思います。

学生の気持ちを理解するには学生になる

では、なぜ勉強しているほうがいいのかという話ですが、三つあります。

ひとつは学生の気持ちがよくわかるということ。忙しくて宿題が終わらないとか、つまらない授業は寝たいなど、自分が学生になってみれば、すぐ感じることができます。また、ほめられてうれしい、またはどんな褒められ方をしたらうれしいのかなどなど。これもやはり自身を学生にした方が理解しやすい気持ちだと思います。

これは勉強しているか否かという問題から少し離れますが、紹介したいと思います。
私は五年前突然英語の世界に投げ込まれてひどく難儀しました。必要とされる英語のレベルが自分のレベルと大きく差があり、自分一人がそのレベルについていけない状況で、他の人と同じレベルを要求される。正直情けないやら悔しいやらで、英語という言語自体を憎むというのに使い感情を持ったことがあります。

本当に辛かったですが、この経験は自分にとって非常に価値があるものと今は考えられるようになりました。同じような学生に出会った時、どうしたらいいか考える時非常に参考になるからです。*1

先生病

ツイッターでも書きましたが、言葉というものには不思議な魔力があり、色々な学生から、それも小・中学生からではなく社会人などから「先生」「先生」などと言われていると、知らないうちに自分が偉くなったと錯覚してしまうという人がいます。そういう人を仲間内では「先生病」と呼んでいました。

かくいう私もそんな時期がありまして、自分は偉い、自分の言っていることは正しいというのが態度から出ていたそうです。学生から反論されると顔を真っ赤にして言い返す、態度が大きいなどなど、思い出すと穴があったら入りたくなるぐらいです。

では私はどのようにしてその状態から脱却したかというと、簡単です、学生になることでした。授業中いくら偉そうなことを言っても、自分が学生になった時、完全無欠の学生であることは難しく、私なんかはむしろ授業についていけなくて問題児でした。自分でいいレポートではないとわかっていながら提出し、先生に叱責されるなどしたら、一発で先生病など治ります。

正直その当時は自分の学生にも強く言えなくなってしまいましたが(それはそれで問題だとは思うのですが、(^^;;)精神のバランスはその後とれるようになったと思います。

自分を被験体に

ツイッターでこのテーマについて話してくださった方には本当に感謝したいです。なぜかというと20年以上前に聞いて、ずっと忘れていた恩師の言葉をぼんやり思い出したからです。その先生というのは20年ほど前に東京YMCAで教えていらっしゃった立野先生です。

私が立野先生から教授法を習っていた時、先生は確か三つ目の外国語にチャレンジしていました、それもサジェストぺディアかサイレントウェイによる授業で。私が怪訝そうな顔で返事すると先生は色々な新しい教授法はあるが本を読んだだけだとわからない部分もある。それに必ず自分の教え方に役に立つものがあるから、チャレンジすべきだなどのようなことをおっしゃったと記憶しています。確かそれを聞いて自分は台湾に来た当初グアンメソッドのようなやり方で中国語を学んでみたんです。

様々な教授法があり、それがいいやり方なのかわからないなら、実際自分で習ってみるのが一番早いのです。実は私も他の先生からTPRの話を聞き、興味があるにはあるのですが、どう自分の授業に取り入れたらいいか、取り入れるべき方法なのか正直わかりません。では、そのままほっておくのがいいのか、自分が学生となってその授業で言葉を勉強してみるのがいいのか、どちらがいいか自明ですよね。もちろん費用の問題や時間の問題もあります。でもそんなチャンスを少し探してみようと思います。

最後に

以上にあげたように、自分が学生となり外国語を学ぶことは非常に意味のあることだと私は思います。ただ未熟者の私と違い、いつまでも学生の気持ちを忘れずにいられる先生や、概説書や研究書などを読んで様々な教授法の全容が理解できるという先生であれば、必ずしも外国語を学んでいなければならないということはないのかなとも思います。

もちろん日本語教師が外国語を学ぶメリットというのは他にもあると思いますので、ぜひお教えください。

次回は日本語教師は一つ外国語を習得しているべきなのかという問題について話したいと思います。

*1 また、そこで私のクラスの中での「differentiation」ということに関して、以前より深く考えるようになったのですが、それについてはまた機会があったら書こうと思います。

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